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爆弾抱え微笑んだり

たぶんもうあと一ヶ月は取れないであろう三連休(1ヶ月後取れるかという確約も無い)最終日の今日何してたかを話しますね。興味無いなら見んなボケ。

今日は6時半くらいに起きた。夕方の。終わってる。人としての尊厳。無限に二度寝してしまって起きたのがこの時間よ。もう何も出来ねえ。そう悟ったわたしはとりあえずiPhoneをぽちぽちしてた。1時間くらい。そのうち昨日まで晴れてたのに外で雨降ってることに気付いた。頭が痛いのはこのせいだったんだなと思いつつ、起きる気も何か食う気もしなかったんでそのまま寝っ転がってiPhone見詰めてた。

8時前くらいか過ぎくらいか母親からLINEがきて、何故か無性に苛立った。そのうち色んなことに腹たってきた。あらゆることが癪に障った。ケチつけられるもん全部にケチつけようみたいな変な気分だった。クレーマーと同じ心理かも。でもわたしは誰にも言わない。ツイートするだけ。誰かの心を直接傷付けるのクソ怠いからね。正気に戻った時のアフターケアも含め。そういう感じで飲み込んできた不満や不安がいつもいつの間にか自分の中で小さく爆発してる。

そのあとポストの中を見に行って、溜まったチラシを見て溜め息ついてぐしゃぐしゃにしてアパートの外に出た。真っ暗だった。春雨は冷たくて細くて痛かった。空を見たらどんよりとした灰色の雲が空を覆うみたいに広がってて、何かすごく嫌な感じになったのに、とても安心した。ずっとこうしてられたらいいのになっておもった。夜の空見上げながらぼーっと佇んで生きていけたらなーっておもったけど、普段人通り少ないのに向こうからひとが来るのが見えて、狂人扱いされても困るから部屋の中に入った。案の定うちのアパートの住人だった。階段を登っていくヒールの音を聞いてから、手に持ってたチラシをゴミ袋の中に入れた。

それからご飯を炊いて、その間に冷凍バナナを風呂場に持ち込んでシャワーを浴びた。米津玄師のシンデレラグレイを何となく口ずさんでいたけど、泣きそうになってしまったのですぐやめた。髪と体を洗ってから冷凍バナナを食べた。ちょっと溶けててシャーベットみたいで美味しかった。

お風呂から出て映画でも観ようかなとおもったけど面倒臭いし明日仕事だから夜更かし出来ないし、おそ松さんも今配信中のは全部見終わっちゃったしで、特にすることもなくて、この寝るまでの短時間でじぶんの何かを埋めるものも見付からなくて、いまはワイパックス眠剤飲んで何となくこれを書いてる。

昨日、わたしがアプリで何となく作曲してみた
24小節程度の曲を聴いてた。クソみてえな音だなとおもってアプリを閉じた。

始まるものは終わるし終わったものはまた形を変えて始まる。
わたしの日常です。

三食家付きの絶望は美味いか

日常に忙殺されてる。
時間を大切に過ごすために、無駄なことで痛む心の隙をこれ以上見せてはいけないし、作ってもだめだとおもう。

感情的になると人は途端に愚かしく見えることをいつだって忘れないでいたい。
喜怒哀楽にも限度ってものがあるでしょ。先天的に備わってるものでも。微調整はじぶんで行っていくべきでしょ。
苦しそうなひとは、大体じぶんの概ねのことを じぶんで掌握しきれてないし、コントロール出来ていない。
なのに他人のことは懐柔したがって、思い通りにならなければまた同じところでぐるぐる回り続けて悲観的になってる。じぶんのことさえ掌握してコントロール出来ない人間が他人を操れるわけがないのに、正直何様なのかとおもう。

わたしは、わたしを、たぶんもうほぼ完全にコントロール出来ているとおもう。
喜怒哀楽もひとと接するツールとして節度を持って使えているし、如何にも感情豊かのように振る舞って人懐こく見せることもさほど難しいことだとは感じなくなってきた。仕事の上ではわざとドジをやったり困った顔をして可愛がられる術や助けられる狡猾さや道化さえ覚えた。
何故なら変な固い意地を張って出来ないことを無理にやったりして周りに迷惑かけたり自分自身落ち込むより効率が良いから。

たまにくる酷い落ち込みは、大体仕事の疲れに所以してる。いまのわたしは働きすぎている。時間と飯を貪る獣みたいな生き方をしたくない、だからもう、もうひとつの小遣い稼ぎ程度のバイトは辞める。
そう告げてからもうひとつのバイト先で風当たりが冷たいが、わたしには関係無い。シフトに穴が空こうがそれはわたしが考えることではないし彼らが考えるべき仕事だ。
わたしはわたしの仕事を終日までこなすだけ。
いまのところだけど社会的にモラルから外れたこともしてない。する理由も無いし。バイトを飛んだりバックレたりもしてない、来月末までは続けますと言った。かなり良心的な辞め方だとおもう。
法的には2週間前には申告すれば何ら問題は無いわけだし。
それの何が問題視されなければいけないのかが分からないし、わたしはじぶんが間違ったことをしてるともおもってない。


もうひとつのバイトもそこそこに面白い。
端役だけど、ひとの生き死にを見送ることに携わることは興味深いし、勉強にもなる。
生きることも死ぬことも、わたしは経験しきっていないことだから。
じぶんが経験したことがないことには興味がある。でも経験したことがあることを深く掘り下げることも好き。一番嫌いなのは前にも後ろにも進まずにぐるぐる同じところで停滞していること。

自分を見失ってる時間なんてものは無い。
他人の影を追うから自分を見失うんだから。
ほんとに他人に興味が無い人間は最初からメリットデメリットが発生しない生産性の無い人間に執着しないし固執もしない。

自分の中に悲しみしか生まない人間に執着するのは馬鹿らしい。
わたしはもう愚か者になりたくない。愚か者に殺される愚か者になりたくない。

殺してでも自分が生きる。これがこの半年間で生み出したわたしの答え。
次もしも殺されたら、それはもう相手の問題じゃない。わたしの人生計画ミス。人間操作ミス。次殺されたら、絶望したら、わたしは死ぬ。
これ以上抉られる場所が無い心の何処を傷付けるのか興味深くもあるけど、そんなの「頚動脈切ったら人間ってどうなるの?」って聞く小学生みたいな愚問だ。

もうコントロールされたくない。コントロールする側に回る。この世を生き抜く方法はもうそれくらいしかない。
確固たる自分を忘れるのは愚か、破滅しか生まない。

呪うな、祈るな、縋るな、忘れるな、叫ぶな、泣くな、冷静に正しく殴れ、学べ、自立しろ、賢くなれ。
他人を黙殺して生き延びろ。
どうしても殺されるとおもったその時は、自ら命を絶つような潔さを忘れちゃいけない。

自分自身さえ扱えない人間が他人を扱えるなんて、夢にも思うなよ。
常に自分が歩いてきた道の中に自分以外の足跡が無かったことを忘れるな。

わたしはもうこれ以上痛みたくない。傷付きたくない。
愚かになっていく見苦しいわたしを見たくない。この先少しでも長く生きるためにも。

アストロノーツ

ほんとうの話をしよう。ほんとうのわたしのことを話そう。どうしても届いてほしいひとがいる。

わたしは、この「わたしは」とまで書いて手が止まるような人間で、ほんと言うと、自分がどんな人間かも把握しきれてない。だけど自分をコントロールすることにおいては異常なまでに長けていて、自分自身のことを分かってるようで分かってなくて分かってるという、とても厄介な生き物で、醜悪で、すぐひとを疑ってしまって、後ろ向きで、卑屈で、何だかとにかく面倒臭い人間で、でもそれを悟られたくないからいつもヘラヘラしてるような、よく分からん人間です。

元恋人に言われたことがある。
「何考えてるのか分からない」「気持ち悪い」「得体が知れない」「私生活のこと全然話さないからどんな人かが分からない」「聞けば答えてくれるけど、でもそれってすごい浅いところで、ほんとの黒澤ちゃんには近付けてない気がする」みたいなことを。

わたしが話さないのは諦めてるから。相互理解なんて不可能だって諦めるしか、わたしが生きてきた中では、そうでしか自分を守る術がなかった。

医者にもそう言われた。わたしはハッキリ聞いた、「先生、聞いてもいいですか? わたしは此処で何を話せばいいんですか?」と。先生は「最近あったことを話してください。しんどいこととか、楽しいこと、何でもいいんですよ。時間は限られてますけどね、その中で話してくれたらいいんです」と言った。

「自分のことを話さない、誰にも助けを求めない黒澤さんは、きっとそれで自分のことを守ってきたんです。此処はその練習をする場所でもあります。黒澤さんが自分のことを話す練習をする場所なんです」

先生が何を言っているのか正直分からなかったけど、一つ分かったことがある。専門家がそう判断するほど、わたしはひとにものを話さない。表面上のことですら最低限に。

わたしの病気は呪いだと思った。
自分のことを話さない呪い。勝手にひとを疑ってかかって裏切られれば安心する呪い。助けを求められない呪い。

嘘をつきたくないひとがいたら、わたしは途端に怖くなってしまう。それでも向き合いたいとおもうひとがいる。

わたしの汚いところ、嫌なところ、誰も信じられないところ。許されなくていい、ただ聞いてほしいとおもった。わたしっていう人間が生きてきた道と、その過程で生まれた自分を縛り付ける沢山のルールを、許されるなら、もしそれを受け止めてくれるなら、壊したいとおもった。

届くといいな、君にいつか

PEOPLE ERROR

自分の人生の中で自分以上に模範になる人間っていると思いますか?
自分の中ではいつも自分しか正しくないと思いませんか?
何もかもが馬鹿馬鹿しく見えたこととか、絶望したときに、貴方はどう立ち上がりましたか?


終わらせるってどういうことかが分からなかった。自分の命とかの話ではなく。周りのこと。沢山のこと。
わたしは常に理路整然としていなければいけないとおもって生きている。ひとに説明を求められたときにすぐ回答出来るような。行動原理を明確にしておくべきだと常々思ってる。迷わないためにも。
突き詰めて考えすぎる癖があるからいつもわたしは自分が正しいと思ってるし、変な話、実際そう。万が一間違った行動を起こしても殆どの場合自分の力で自分自身を矯正してきた。いいからわたしに従っていればいい。わたしが言うことに間違いはない。わたしは間違ったことは言わないし感情論で話さない。皆言わないけど分かってる、自分には自分の正義があるし間違いを認めたくない自分自身がいる。

わたしはそれを分かりやすく表面化しているだけなんだけど、たまに自分のことを冷たいとか独裁主義とか思うときがあるし、実際母親には言葉は違えど同じようなニュアンスのことを言われた。
アドラーとかニーチェってよりも、ショーペンハウアー的な思考」だと。今日言われた。ほんと言うと、心理学は少し齧ったけど哲学については全く詳しくない。ショーペンハウアーアドラーニーチェも名前とちょっとした名言(格言)くらいしか知らない。どんな人間かあとで調べてみようとおもう。

わたしは冷たい。自分でもそう思う。わたしが言うのだから間違いない。酷く冷たくて自己中心的な人間だと思う。でも母親は「そんなことない」と言う。「ただひたすらに冷静なだけだ」と。でも常識を逸した冷静は、冷静とは言わない。最早冷徹。血が凍ってるんじゃないかと思う。
ヒミズの住田みたいなこと言うけど、例えば、もし今この瞬間にトラックが家に突っ込んできても、わたしは取り乱さずに落ち着いて救急とパトカーを呼ぶことが出来ると思う。どんな時も感情より先に理性が勝ってしまう。わたしがこうなった原因は、母親も認めているんだけど、わたしの人格形成の途中に精神疾患で不安定で男に逃げた母親にある。
わたしのことを生まれて初めて裏切った人間は、母親だった。

痛がって泣いていても誰か助けてくれる訳ではないから、誰も声をかけてくれないから、アクションがないから、感情よりも先に解決策を見付けることを覚えた。現状を嘆くことに大して意味は無い。片付ければいい。一つ一つ着実に、落ち着いて、冷静に。少し考えれば誰にだって出来ることだと思う。

そこから学ぶことがなければこの世に降り掛かる全ての事象には意味が無い。猿みたいに喚き続けてれば誰かが助けてくれた? わたしがしたみたいに。
誰かが抱き締めてくれた? 誰かがわたしの涙を拭いてくれた? 誰かが慰めてくれた? 誰かが声をかけてくれた? 誰かが理解してくれた?

わたしにとって対個人に対して感情表現をするということは排泄行為を人に見せるのと大差ない。みっともないし恥ずかしい。
皆がどうしてそんなにそれを出来ているのかが分からない。



と、母親にこんなようなことを話したら、「人間ってもっと動物的なのよ」と言われた。
「悲しいときは泣くし楽しいときは笑う、黒澤はもっと自分の感情に素直でいい」と。

調剤薬局みたいに沢山の薬箱と色んな病に適応出来る薬を持ってる黒澤には沢山の病人が集まるよね。その人たちは黒澤が辛い思いした経験の中から一生懸命集めた知識を『しんどいから薬ちょうだい』って来るよね。黒澤は自分も自分がひとにしてきたように誰かにして欲しいけど痛がるより先に自分で治癒しようとするよね、それはもうめちゃめちゃ冷静に。だから痛んでなくて平気そうに見えるんじゃない? 周りからしてみれば」


もっと表面化した心が欲しいなと思った。
感情を発露しても恥ずかしくないと思える相手が。
今みたいに薬を飲みながら優しい音楽聴いてるときみたいに、ただぼうっと自分の話を聞いてくれる、安心出来る相手が欲しかったなと思った。

わたしが一人で生きていこうなんて決意する前に。
一人とか孤独に耐え忍ぶ術を覚える前に、本当の友達が欲しかった。たった一人でもいいから、わたしの、わたしだけの味方が。

間違ってるなら教えて欲しい。
わたしがそぐわない意見を主張しているなら、それについて話し合いたい。きっとわたしはわたしの言い分もあるから。

どうして皆わたしから逃げるの。
ただ、真っ直ぐにわたしに向かって走って来て欲しい。
愚直なほど真っ直ぐ向かい合って欲しかっただけなのに。



「先生、今日は聞きたいことがあります。

自分の人生の中で自分以上に模範になる人間っていると思いますか?
自分の中ではいつも自分しか正しくないと思いませんか?
何もかもが馬鹿馬鹿しく見えたこととか、絶望したときに、貴方はどう立ち上がりましたか?

先生、わたしがおかしいんですか?
わたしの生き方は病的ですか?
わたしは何て言う病気なの?

貴方はその無機質な顔で、そのカルテにわたしの何を書いてるんですか?

先生、わたしの中身は空っぽです。ひたすらに虚無です。

偉そうな講釈ばかり垂れているのに、自分の中に何もないそれに気付いた瞬間、何だかもう正気じゃいられなくなりました。

いつも冷たいわたしは、いつもひとを、誰のことも信じられないわたしは、いつもひとと同じものを見られないわたしは、これから死ぬまで孤独なんでしょうか?

色々ネットで調べたんです、精神疾患のこと。でも何の病気も当てはまりませんでした。躁鬱も境界性人格障害反社会性人格障害も作為妄想も、何も当てはまりませんでした。

はみ出した中ですら何も当てはまらないわたしは何者なんですか。

先生、わたしには皆と同じものが欲しいです。皆と同じ形の何かが欲しいです。

何て薬を飲めばいいですか?
これ以上どう痛めば何を許されますか?

先生、わたしは孤独に慣れた顔をして、一人を寂しいと感じる自分のことを許せないんです。
これ以上どう自分を律せばいいですか?

先生、教えてください。貴方なら分かると信じて今日此処に来てるんです。

自分ではもう考えるだけ考えました。


先生、わたしはどうしても答えが欲しいんです。」




本当のこと、確かめに行こう。


それでもう、全部終わりにしよう。

花頭を摘む

死ぬほど眠い。
今日は(もう昨日だけどwwwとか言って無駄に文字数使うマン)わたしにとってとても特別な日なんだよ、すこし聞いてくれる?

わたしは去年の10月下旬から底知れない希死念慮を抱きながら始めたクソみてえな仕事でお金を儲けてた。始めはさほど苦痛にならなかったし罪悪感も全く無かった、さっさと死ぬつもりだったしはやく殺されたいとすらおもったし危機感すら皆無だった。自分を壊すことにも使い潰すことにも死ぬことにも何の躊躇いも悲しさも抱かなかったしお金も欲しかったけどどちらかと言うとそれはついでだったようにいまはおもう。とにかくわたしはわたしを殺したくて壊したかったワケよ。
でも身体が先にもたなくなって、仕事が終わったあとはゲーゲー吐いて、持っているのが嫌なお金を湯水のように使ってしまったから、ただ病的なまでの買い物依存症がまた酷くなっただけだったんだよね。それにお金って持ちすぎると、もう何か何も欲しくなるんだよ。無欲になる。貧乏も同じなんだけどね、持ちすぎてもそうなる。何でも買えるから何も要らなくなるんだよね。
おかゆとカフェオレしか入らなくなった頃にもう無理だっておもった。でも収入源はその仕事しかなかったからやめるにやめられなかった。何度も悔しくて惨めで歯痒い思いをした。

身体が弱ると精神も弱るもんなんだよ。元恋人といることも心苦しくなって、すきだったひとのことも怖くなって好きだなんて言えなくて、いつも何か謎の猜疑心に苛まれてた。でも何故か生きていたいと思い始めてた。わたしの身をわたし以上に案じてくれる友達が居たからだと思う。わたしが痛まないことに逆に泣く子も居てくれた。死ねないなと思ったの。じぶんで見付けて飛び込んだ世界だから自己責任、最後までじぶんの尻はじぶんでちゃんと拭って生きていこうとおもった。周りの人たちがそう思わせてくれた。
もういい加減、じぶんを痛め付けるのはやめて、真っ当な世界でじぶんを生かせてやろうと思ったの。

いつもいい子でいたかったし、いつもひとを許せるじぶんでいたかった。いつも慕われるじぶんでいたかった。いつも必要とされていたかったし、いつも笑っていたかったし、いつも褒められていたかったし、いつも好かれていたかった。いつも許されたかったけどいつも許されないってわかってたから、いつどんな危害を加えられるか分からない仕事を続けていたのは贖罪のつもりだったのかもしれないね。

それでも食い扶持を得る為に4ヶ月この仕事を続けた。ほんとにとても辛かった。自分がどんどん死んでただの商品になっていく。護身用ナイフを持ち歩く生活がいつまで続くんだろうと毎日悲しかったよ。

普通のバイトをようやく始めたのは2ヶ月前。給与は驚くほど少なかった。1ヶ月分の給与が、わたしがやってた仕事たった2回分の給料だった。それでも嬉しかった。普通の労働も楽しく感じた。覚えること、大変なこと、たくさんあるけど、なにもかもが楽しかった。もう何も怖いことが無くなったんだなあって感じたよ。
世間的に見たらわたしは最悪なダークゾーンに所属してるし当時のわたしを肯定するつもりはないけど否定するつもりもない。そのおかげで培われた精神力や根性はちょっとやそこらで折れないとおもうから。そのせいで元恋人とも別れて、すきなひとにも何も言えないまま離れてしまったけど、わたしはたぶんどこかで諦めてた。(こんなわたしだから仕方ないよな)って。話せることより話せないことの方が圧倒的に多いんだもん。わたしの所業を知って嫌われるのがとかく怖かった。

それから昨日、もう一つのバイト先から採用通知が来て、ようやく生活が基盤に乗りそうで、前の仕事で使ってたSNSや客との連絡ツールや連絡先を全て消した。

やっとここまで来れた。
13時間働いて働いて、毎日4時間か3時間の睡眠で気張って、趣味に裂く時間も犠牲にして働いて、物件を見て、たくさん面接に行ってその度に通信制の高卒だからと、精神疾患者だからとお祈りされて、誕生日やクリスマスや成人式はただひたすら惨めな気持ちで過ごして働いて、ご飯にあり付けない日が続いて、たくさんのひとを傷付けて傷付いて、ようやく普通の女の子に戻れた。

昨晩はあまり眠れなかった。布団に入ってもなかなか寝付けなかった。何度も中途覚醒して、起床予定時刻より1時間も前に目を覚まして、まずベランダのカーテンと窓を開けて久々に朝の空を見た。とても良い天気だった。
それから鉢植えの中の枯れた花を摘んで、水をやりすぎたり水をあげなかったりとムラがあるのをやめて、毎朝水をあげようと思った。
それから空気を入れ替えてコーンポタージュを飲んで、新しいバイト先に説明を受けに行った。

帰ってきてからSNSツールを消す指が少し震えた。もう戻らねえぞと。もう戻れねえぞと。あんな簡単に金が手に入る世界には戻らないぞと。戻れねえんだぞと。でも消した。簡単だけどわたしにとっては簡単じゃなかったから。

やっと、やっと終わったんだよ。戻ってこれたんだよ。普通の世界に戻ってきて普通の女の子に戻れたんだよ。
生活は苦しくなる。それは間違いない。でも貧乏なら慣れてる。しょっちゅうしてた贅沢を月2回程度に収めればいいだけの話。死ぬ訳でもないし、生きていける。

もう誰に何を引け目におもうこともなく、贖罪の為に自分を傷付けなくてもいいんだとおもうと、何だかとても安心した。きっとこの先何度も辛くなるけど、やっと見付けた仕事だっていつまで続けられるか不安だけど、とりあえずやってみようと思う。「死にたい」と呟きながら生きていく。たぶん、この先の長い時間ずっとね。だってわたしには選ぶ権利がある。

明日は図書館に行く。それから資格の勉強をして、スタバに行く。友達から頂いたスタバのドリンク引き換え券を使って、何かすこしリッチなものを飲みたい。それからちょっとしたケーキかなんかを。明日の贅沢はそれくらい。少しくらい許されたい。わたしの囁かな記念日だから。

でも映画も見たいな~。オデッセイ、面白そうじゃない? めっちゃ見たかったんだよね。でも2D吹き替えなかなかやってないよね~3Dだと画面酔いするし2D字幕だと目が疲れるんだよね。しんどい。


今日はわたしが生まれた日。
これから恋とか普通にしたいなあ。

ただいまね

みんなたち元気? 風邪引いてない? わたしはいっそ清々しいくらい元気ではないよ。元気って辞書で引きてえくらいその意義を忘れているよ。
昨日はちょっともう死のうとおもって思い切って首を吊ってみた。もう何か嫌んなってね。
(人の世は醜い…これ以上見ていられねえ…信じた者は裏切られるし正直者は馬鹿を見るんだ…)と分かってたつもりでも再確認させられるように克明に気付かされることがあってね。心の支えが全く無くなってしまったんだよ。わたしを構成する世界や価値観が見事なまでに綺麗に壊れて利用されてたことに気付いてさあ、逆に言うなら今しかないなとおもったワケ。今なら躊躇しないかなあと。

わたしって誰にとっても割り箸みたいなんだよ。あればとても便利が良いけど別に台所や食卓に無くても存分に代えはあるし、手元にあれば喜んで使うけど要らなくなったら捨てればいいんだよ。代わりの立派な竹箸でも出来れば。携帯の代機種みたいなもんなんだって気付いちゃったからさあ。
みんなたちはもし大事故に遭って下半身不随になった上で更に顔もぐっしゃぐしゃになって、医師に「この先絶対貴方の足は動きませんし最先端の整形技術を駆使しても顔も治りません、一生車椅子で『醜い』と蔑まれながら過ごしてください」って言われたらどうする? わたしならもう死ぬよ。だってもう楽しくないよね? 生きること。
昨日の絶望はそれに近いものがあったんだよね。7年前と全く同じだった。

まあ首吊りは2回目なんだけどね、どうだったとおもう? 生きてるんですよね~これが。人体ってつえ~!! みてえなクソみたいなオチでこの話が終わっちゃうの笑っちゃうよな。
10分くらいずっと首締めてたんだけどさ、一向に死ぬ気配が無いんだよね。何となくそれっぽい波はくるんだけど生存本能働いてそれに身を任せるのが怖くて戦っちゃうんだよ。
そのうち涙と鼻水と涎がダラダラ出てきて、目玉が飛び出るんじゃないかってくらい目の奥がズキズキしてきた。そのうちお母さんがやって来てドア開けられた瞬間当然コードも一緒に引っ張られて「ぐぇっ」って言ったら「何しとん(呆)(驚)」みたいに言われて未遂と失敗と人騒がせに終わったってワケ。どう? ウケるでしょ。笑えよ。そして死ね。おまえが死ね。

前回すーっと意識が遠のいたのはアレたぶん薬のお陰だね。首吊り自体の効果って言うよりも。
何処狙えば確実なんだ? みんなたちの中で成功したひとはいる? わたしも成功させたい。何でいつも死ねないのに何でいつも死ぬことに対して真剣なんだ? とお母さんに話したら「趣味ないんじゃない?」と言われた。趣味。うん。確かに。
あとは飛び降りしかチャレンジしてないことがないんだけどあれは『趣味』と称してしたときに失敗のリスクがあまりに大きいからな。成功すりゃいい話なんだけど人体って強いんだもん。失敗したら大迷惑被るのがわたしだけじゃないんだもん。

わたしはわたしの話を聞いて欲しいしわたしの辛さにひたすらに共感して欲しい。曖昧な返事やスマホいじりながら聞いた振りの上辺の相槌は嫌なんだよ。
わたしが皆の話を一生懸命に真面目に聞いていたように、わたしも話を聞いて欲しい。優しくして欲しい。労わって欲しい。褒めて欲しいし慰めても欲しい。「助けて」って言ったら確かに返ってくる声とか手とか温度が欲しい。
ただそれだけだったのに~な~~。当たり前に手に入るものだとはおもってなかったけどこれほどまでに大きく裏切られるものだともおもってはなかった。でもわたしの認識が甘かったことに相違はないね。
それでも何だか寂しいよ。とても。

10分か15分か巻き続けて縛ってたからこれおまえこれちょっと見てよ、跡残っちゃったよ。

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わかる? 白くなってるとこ。日焼けみたいになっちゃってる。何か聞かれたら「タートルネック着すぎました(?)」って誤魔化そうとおもってる。

今日は食欲がなくてチーズケーキをほんの少しとポテトチップスを3枚、それからミルクティーを飲んでお母さんと普通にお話してた。明日から仕事とかウケない? わたしはウケる。日用の糧もないのに明日からまた生きるんだって。ウケるし笑える。何かもう毎日首吊りたいよな。

ねえあなたは何をどうしてそんなに信じられるの、不思議なのだけど。
わたしは何でまた間違えて生きてるの、滑稽なのだけど。

ねえ誰かわたしのこと見てる?
わたしはひとりじゃないって信じさせて欲しいよ。こんな時くらい誰かにしなだれかかることを許して欲しい。
裸足で歩いてきた足が血塗れで痛いから少し気付いて欲しいだけなんだよ。わたしが「痛い」って言う前に気付いて欲しい。そうでないと意味が無いとおもう。そうおもうことってそんなに贅沢なのかなあ。

もうきみにとってわたしは過去の人なんだね。どうでもいい人なんだね。
新しい世界を見付けたから? 新しく好きな人ができたから? どんな理由でわたしを不要になったの。どんな理由があってわたしの心情をそこまで無視できるの。どんな免罪符があってわたしのつらさをそこまで見過ごせたのか、教えて欲しいよ。後学のために。

人類皆孤独

「でもデルは幸運だった、どんなに辛くてももう終わらせることが出来たのだから」

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実家で鍋を食べた。わたしはガトーショコラの試作品を渡した。お母さんは「美味しい!」と絶賛して食べてくれて、とても嬉しかったんだ~。

お母さんはここ1年くらい、大体いつも優しくて安心させてくれるから、わたしは大体いつも安心して不安定になる。面倒を見なくていい母親が実在するってことに驚いてるのもあるけど、それ以上に驚いてるのは、たぶん母親と個として大人として対等に付き合えていることだ~。
お母さんとまともに話ができるというのはとても快適なことであるはずなのに、わたしはそのときいつも感情が酷くうわついてる。まるでじぶんがじぶんでないような、良いことも悪いことも調子に乗って理由付けて話し過ぎてしまうのだ! 普段からは想像出来ないほど酷くうるさく喋る。わたしは認められることが嬉しくて堪らないのだろうな~!? そうして帰宅途中にいつも後悔して惨めになるのに~!!

わたしのこの合理主義は合理的ではないとおもいます!
合理的に考えなければいけないと考えて感情を抑圧することが果たしてじぶんを合理的に楽にしてやれているのかと聞かれれば頷きがたい。わたしはいつも答えと理由と解釈がほしいのだなあ。
そうして疑問を拭い去れば新しい壁の染みを探して気にせずにはいられない。わたしはいつも安心していたいからいつも悩んで考えていたいのだなあ。特に最たる不幸に対する解決策や対応策を。だから思わぬ幸せへの対応をいつも見逃しがちなのだ。顔が強ばる。背筋が凍る。声が出なくなる。不幸以上に幸福が恐ろしい。いつか無くなるものだから。幸福は裏切るけど不幸はとても正直に正しく殴ってくるから対処がどうにか出来る。楽しいことは安心させるのにふわついていて不安定だから怖いのだ。嘘が上手い人と話しているみたいで。わたしはとても愚かだ!!

お母さんは泣くわたしの頭を撫でてくれた。お母さんは最近酷く痩せた。ナナフシみたいなんだ~。手足が細くて小さくて。お母さんが座っているのをふと見ると泣きそうになるんだよ。大人なのに小さい、お母さんなのに小さいんだ。痩せた子供みたいなんだ。
お肉をたくさん食べて欲しいとおもう。少し太って欲しい。お菓子も食べて欲しい。お母さんに何か美味しいもの食べさせたい。身内内での揉め事は全てお母さんが担っているから、少しでも楽にさせてあげたいんだよ。わたしが言うのも変だけどね。早く稼ぎを良くして、現金は受け取らないだろうから、お母さんにご飯を食べさせてあげたい。美味しいものたくさん。

娘ってのはお母さんが幸せそうに笑ってると嬉しいんだ。どうしようもねえんだよ、こればっかりは~。母親ってものがそうであるように子供も同じ。嬉しいんだよ。お母さんが幸せになることが。お母さんと幸せになれることが。お母さんの幸せそうな顔を見てること以上の幸せは、いまのわたしにはたぶんない。

お母さんの手はカサカサしているけど、手のひらはふかふかで、いつもわたしが知るお母さんの手だ。あと何回頭を撫でてくれるだろうなあ。また泣きそうだ。もう泣いてるけど。

お母さんと別れるときはいつも笑顔がよいのだ。「ありがとう」と言えればもう上出来だろう。
お母さんより先に死ぬという親不孝だけは犯してたまるかと言う何クソ根性だけがわたしを生かしている。


『母さん
あなたは僕を生んだこと後悔してませんか
後悔してないのなら嬉しいです

母さん 母さん 母さん』